【静岡】偶然が生んだ必然の伝説:なぜスピードマスターは「ムーンウォッチ」になれたのか
1969年7月21日、人類が初めて月面に足跡を残したその時、宇宙飛行士の腕には一本のクロノグラフが巻かれていました。それがオメガの「スピードマスター」です。しかし、この時計は決して「宇宙専用」として開発されたものではありませんでした。地上でのカーレース用として誕生した時計が、なぜ宇宙という極限の地で唯一の信頼を勝ち得たのか。その裏側には、NASAによる執念のテストと、驚くべき「偶然」の物語があります。
始まりは「街の時計店」での買い付け

1960年代、NASAはアポロ計画に向け、宇宙空間の真空、激しい温度変化、そして強烈な重力加速度に耐えうる腕時計を必要としていました。 驚くべきことに、NASAは特定のメーカーに開発を依頼するのではなく、テキサス州ヒューストンの時計店へ一般客を装って赴き、市販されているクロノグラフを数ブランド分、買い集めたのです。選考の土俵に上がったのは、オメガを含む名だたるスイスの高級ブランドたちでした。これらはすべて、特別な改造を施されていない、私たちが店で購入できるものと全く同じ「市販品」でした。
「時計を殺す」ための過酷な拷問テスト

NASAのエンジニア、ジェームズ・ラガンが指揮したテストは、まさに「時計の拷問」と呼ぶにふさわしいものでした。
高温・低温試験
摂氏93度の高温に48時間、その後マイナス18度の極寒にさらす。
激しい衝撃
40Gの衝撃を6方向から加える。
高圧・低圧試験
真空状態から一気に加圧する過酷なサイクル。
騒音・振動
ロケット打ち上げ時の轟音を想定した激しい振動テスト。
ライバルたちが次々と風防(ガラス)を吹き飛ばし、針が曲がり、あるいはムーブメントが停止していく中、唯一すべての項目をクリアし、精度を維持し続けたのがスピードマスターでした。1965年、NASAはついにスピードマスターを「すべての有人宇宙任務に推奨される時計」として公式に認定したのです。
アポロ13号、絶体絶命の危機を救った14秒

スピードマスターが単なる「計器」を超えて「命の恩人」となった有名な事件があります。それが、1970年のアポロ13号の事故です。 月へ向かう途中で酸素タンクが爆発し、船内の電力が失われるという絶望的な状況下、飛行士たちは正確な時間を知る術を失いました。地球へ帰還するためには、ロケットエンジンを「正確に14秒間」噴射し、軌道を修正しなければなりませんでした。1秒のズレが宇宙への漂流を意味する極限状態の中、ジャック・スワイガート飛行士は腕のスピードマスターでその14秒を計測。見事、軌道修正に成功し、乗組員は奇跡の生還を果たしたのです。
地上の王者が宇宙の覇者へ

もともと1957年に「モータースポーツ用」として、タキメーターをベゼル(時計の縁)に初めて刻んだスピードマスター。時速を測るためのそのタフな設計が、図らずも宇宙空間という最も過酷なサーキットでその真価を発揮することとなりました。現在もなお、基本のデザインを大きく変えずに生産され続けているスピードマスター。その文字盤には、今も誇らしげに**「PROFESSIONAL」**の文字が刻まれています。それは、NASAの過酷なテストを唯一勝ち抜いた、本物のプロツールの証なのです。
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