ヴィンテージウォッチの文字盤の最下部、6時位置付近にひっそりと刻まれた**「T SWISS T」**という文字
アンティーク市場や中古時計店でロレックスやオメガ、ホイヤーなどの古いモデルを眺めていると必ずと言っていいほど目にするこの表記には、実は時計の歴史と、かつての技術的な苦悩、そして安全への配慮が凝縮されています。今回は、この「T SWISS T」が何を意味し、なぜ時計愛好家にとって重要なキーワードなのかを詳しく解説します。
1. 「T SWISS T」が表す正体:トリチウム

結論から言うと、この表記の「T」は、夜光塗料に**「トリチウム(Tritium)」**という放射性物質が使用されていることを示しています。
かつて、時計の針やインデックスを暗闇で光らせるためには、自ら光を放つ放射性物質が必要でした。
SWISS
その時計がスイス製であることを証明(スイス・メイド規定)。
T
放射性物質であるトリチウムを使用しているという警告および識別マーク。
なぜわざわざ「T」と明記する必要があったのか。それは、それ以前に使われていた素材の歴史に理由があります。
2. ラジウムからトリチウムへの転換

20世紀初頭から1950年代頃まで、時計の夜光塗料にはラジウムが使用されていました。しかし、ラジウムは非常に放射能が強く、製造に携わる工員の健康被害(ラジウム・ガールズ事件)や、使用者への被曝のリスクが問題視されるようになりました。そこで1960年代に入り、より安全な代替品として採用されたのがトリチウムです。トリチウムはラジウムに比べて放射線のエネルギーが極めて弱く、時計のプラスチック風防やガラスを透過することがほとんどありません。それでも放射性物質であることに変わりはないため、国際的な規制により**「この時計にはトリチウムが含まれています」**と明示することが義務付けられたのです。
3. 表記のバリエーションとその意味

「T」の文字が含まれる表記には、いくつか種類があります。
| 表記 | 意味 |
| SWISS | 1950年代以前(ラジウム使用)または1998年以降(ルミノバ使用) |
| T SWISS T | トリチウムを使用しており、放射線量が一定基準(7.5mCi/227MBq)以下であること。 |
| SWISS – T < 25 | 放射線量が25mCi(925MBq)未満であることを示す。ロレックスなどに多い。 |
| σ SWISS σ | 「シグマダイヤル」と呼ばれ、文字盤やインデックスに貴金属(金など)が使われていることを示す。 |
4. ヴィンテージ愛好家を惹きつける「経年変化」

現代の時計には、放射性物質を含まない「ルミノバ(蓄光塗料)」が使われています。ルミノバは劣化しにくく、光を当てれば半永久的に光ります。一方、トリチウムは約12.3年という半減期を持っています。そのため、1960年代〜90年代のヴィンテージウォッチの多くは、すでに自発光する力を失い、暗闇では光りません。しかし、ここからがヴィンテージウォッチの醍醐味です。トリチウムは長い年月を経て変質し、もともと白や薄緑色だったものが、**クリーム色や濃いオレンジ色(パティーナ)**へと変化します。この独特の「枯れた」風合いは、現代のルミノバでは再現できない「生きた証」として、コレクターの間で非常に高く評価されています。
5. 取り扱いの注意点

「放射性物質」と聞くと不安に思うかもしれませんが、文字盤が密閉されている限り、健康に影響が出るレベルではありません。
ただし、修理の際に劣化したトリチウムが粉末状になって文字盤内に散らばっていることがあります。これを吸い込むことは避けるべきであるため、ヴィンテージウォッチのオーバーホールは信頼できる専門の技師に依頼するのが鉄則です。
まとめ

「T SWISS T」というサインは、単なる製造記号ではありません。それは、時計産業が安全性と視認性の両立を模索した時代の足跡であり、数十年という時間をかけて刻まれた美しさの証明でもあります。もしお手持ちの時計や、これから手に入れようとしている時計の6時位置にその文字を見つけたら、ぜひルーペでその色づきを眺めてみてください。
LUCIR-K

静岡の中心地にあるLUCIR-K(ルシルケイ)はブランド時計やヴィンテージ時計を扱うお店です。ロレックスやオメガ、カルティエ、グランドセイコーなど数多くのブランドとモデルを取り揃えています。
▽ルシルケイ公式ホームページはこちら





